#163 ’93夏 In Cairns (1)      砂の城
#5951/5954 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/ 4  11:54  (123)
’93夏 In Cairns (1) 砂の城
★内容
 今年の夏休みをオーストラリアのケアンズで過ごすことは去年の夏から決まって
いた。去年、一昨年と、夏はオーストラリアで遊ぶのだというのが、僕ら夫婦の定
番になりつつあった。しかしケアンズという都市に特定したのは昨年ここでオース
トラリア人家族と友達になったからだ。
「来年もおいでよ、来年は一緒にわが家の農場に行こう」(もちろん英語だよ)
 この言葉に誘われて迷うことなく僕は、福岡−ケアンズ間の航空券を購入した。
8月15日、お盆のラッシュを心配しながら空港に向かったけれど、拍子抜けする
くらいにスイスイと空港にたどりついた。さっさとチェックインを済ませ、軽く食
事をすることにした。
 成田とは違い(空港使用税なんてないのだ)難なく出国審査を済ませ、待合室に
行くと、中学生か高校生のガキグループが騒いでいた。妻と顔を見合わせて、なに
とぞ我々の席が彼らの近くでありませんようにと祈ったのは言うまでもない。もち
ろん意味もなく彼らを毛嫌いするのではない。とにかく彼らはうるさいのだ。出来
ることなら機内では快適に過ごしたいではないか。
 この文章を読んでいる中高生がいたら「何いってんだこのオッサン」とでもいう
だろうが、この意見に同意する大人たちは少なくないのだと理解して欲しい。
 だが、我々夫婦は信仰心とあまりに縁が薄いためか、神から見放され、このガキ
たちに囲まれた状態で7.5時間のフライトを楽しむことになったのだった。
 機体が水平飛行に入ってから飲物のサービスが行われた。クアンタスはパーサー
の数が圧倒的に多い。僕らの席周辺の世話も金髪のオジサンパーサーが担当してい
た。
「何か飲物はいかがですか」
「ダイエットコークを」
 僕は最近体重を気にしてこのての飲物専門だ。パーサーはコークのミニ缶とピー
ナッツの小袋をテーブルに置いて妻に視線を向けた。
「何にしますか?」
「ジンジャエール、プリーズ」
 妻はニコニコしながら言った。
「オレンジ?」
 パーサーは妻の言葉が聞き取れなかったのか聞き返して来た。
「ノオ、ジンジャエール!」
 妻は大きく口を開けて声を放った。
「レモネード?」
 意外なことにパーサーは聞き間違えそうにない物の名前を口にして首を傾げた。
その表情を見て、妻は自分の英語の発音に自信を無くしてしまった。
「ノオ、あー、OKレモネード、プリーズ」
「コーク?」
 パーサーは更に違う飲物の名前を言って首を傾げた。
「へぇ? どうしてぇ?」
 妻はどうしていいのか途方に暮れている。だが僕のテーブルの上の物を見て最後
の手段を思い付いたのだった。
「セイム、セイム!」
 僕のコークを指さしてすがるような目でパーサーに視線を送っている。そこで
パーサーはワゴンの引出しからジンジャエールを取り出した。
 僕はたまらず笑いだした。パーサーも大笑いした。妻は目を白黒させて「えっ?
えっ?」を繰り返している。そうなのだ、妻はからかわれていたのだ。僕はすぐに
気づいて助け船を出してやろうと思ったのだが、パーサーの顔を見たとき青い目で
黙っていろと合図しているのが分かった。だからそのまま気づかない振りをしてい
たのだ。それにしてもいたずら好きなパーサーだ。
 その後の食事の時なども妻の顔を見ると「ジンジャエール?」と言ってからかっ
てくる。よほど妻がおちょくり易いタイプに見えたのだろう。
 機体は無事ケアンズ空港に着陸し、まだ鶏さえ寝ている時間に我々は窮屈な鳥小
屋から追い出された。入国すると空港内のインフォメーションでホテルのチェック
をした。去年泊まったホテルはフラットというアパート形式のホテルで快適だった
が少々値がはった。今年は週にA$600(約4万7千円)あたりのホテルを見つ
けたかった。ひとつ手ごろなホテルを見つけたので、タクシーでホテルに乗りつけ
た。ケアンズの街は空港から車でわずか10分の距離だ。
 ホテルの入口には「LYONS MOTOR INN」と書いてある。レセプシ
ョンで値段を聞くと、1日A$90だと言う。予算的には治まっているがもう少し
安くしてほしいと思った。
「ウイークリープライスはないの?」
「ちょっと待って」
 カウンター内の男は帳面をパラパラとめくってA$70だという。
「ディスカントしてくれない?」
「ダメ!」
 ダメでもともとだったのでこちらもあっさり折れて1日A$70で泊まることに
した。週にしてA$490、日本円で約3万7千円だ。今年は円高で豪ドルも1ド
ル75円にまで安くなっている。去年より20円安い。一昨年なら30円だ。だか
らもし一昨年ここに泊まれば5万円以上払うことになる。まさに円高様々だ。
 部屋は7階の海側で最高の眺めだ。とりあえずまだ朝の7時前なので9時まで朝
寝することにした。
 9時過ぎてからのこのことベッドからはい出して去年オープンウオーターを取っ
たPRO DIVEのショップに向かった。今回の旅行でダイビングギアを少し揃
えたいと思ったからだ。日本で購入することも考えたが、円高を考えるときっとこ
っちの方が安いと思った。結局、ゴーグル、シュノーケル、フィン、グローブ、ブ
ーツ、そしてウエットスーツを購入した。妻と自分の2セットでA$950だから
日本円で一人分が3万5千円といったところだ。自分ではなかなかよい買物ができ
たのではないかと満足している。荷物はそのままショップで預かってもらって市内
を散歩した。こちらで着るためのTシャツなどを買い込みダイビングギアを受け取
ってからホテルに戻った。
 ホテルで昼寝をしたりしながらのんびりと過ごし6時になってからロジャースフ
ァミリーを訪ねることにした。彼らの住んでいるマンションは集中管理システムを
設置しているため外から部屋のインターホンを押した。
「ハァーイ、HIROとNAOKOだよ。元気?」
「・・・・」
「あれ? ハロー、HIROとNAOKOだよ」
「ブツブツ、ブツブツ、・・・ロングナンバー。ガチャ」
 僕と妻は顔を見合わせて蒼くなった。
「今の声誰? ロスじゃないよね」
「部屋の番号も押し間違えてないよ」
「でも番号が違うって言ってたぞ」
 もう一度コールする気にもなれずどうしたものかと考え込んでしまった。ロスた
ちには今日の夕方訪問することは手紙で知らせてあった。だが、彼らのユニットに
は別の人が住んでいるのだ。とりあえず明日、レセプションが開いている時間に来
て、マネージャーにでも聞いてみるしかないかと思った。しかし、その時ガラスば
りの扉の奥から懐かしい顔が近付いてくるのが見えた。
「ロックンとダイルだじゃない?」
「そうよ! そうよ!」
 彼らも僕たちに気づいてくれた。たまたまロックンが夕方のジョギングに行くと
ころだったのだ。部屋の番号が違っていたことを言うと彼らは何事も無かったかの
ようにユニットを変わったのだと言った。内心「じゃあ何故教えてくれなかったん
だよ」と悪態を着きたかったが運良く再会出来た嬉しさのほうが大きかった。
「今からジョギングに行くから7時にまた来てくれない」
「OK、OK」
 少し時間が出来たので翌日のダイブクルーズのブッキングをするために近くのイ
ンフォメーションに向かった。1日トリップ+2DIVEで1人A$69は安い。
実はこのヨットに乗って行くツアーは去年も利用した格別安いツアーなのだ。
 再びロジャースファミリーを訪ねた。懐かしい再会だ。日本からの土産を渡すと
大喜びしてくれた。旨い食事をいただきながら、話題は彼らの農場のことになった。
僕らが今回の旅で最も楽しみにしていることでもあるため、彼らとのスケジュール
がうまく合うかが心配だった。とりあえず金曜か土曜に行こうと言うことに決まっ
た。
「ラッキー!」
 朝寝、昼寝をしたにも関わらず、11時を回る頃から強烈な睡魔に襲われ始めた。
ロスの「さあ、ベッドタイムだ」という声に助けられてホテルに戻った。
「うーっ、楽しい旅になりそうだ!」
                     「砂の城」(北九州)
#162 ’93夏 In Cairns (2)      砂の城
#5958/5958 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/ 5  11:50  ( 60)
’93夏 In Cairns (2) 砂の城
★内容
 6時に目を覚まして部屋のカーテンを開けると「力いっぱい楽しんでくれ!」と
ばかりに太陽が照りつけていた。僕は2人分のダイブギアを抱えてヒイヒイ言いな
がら、だが足軽にマリーナへ向かった。懐かしいヨット「SANDURIA」が僕
らが来るのを待っていた。だがこの時僕は、少し緊張していたのだった。昨晩、今
日の準備をしているとき、妻がCカードをもって来るのを忘れたことに気づいた。
「馬鹿やろー! 何考えてんだ」
「だっていつも財布もって行くなって言うから・・・」
「だからってカードも置いてきてどうするんだ」
「だって、だって・・・」
 Cカードはライセンスではない。だが、こちらでダイビングする時はカードの提
示を求められるのだ。だから、もしかしたらダメだと言われるかもしれないと僕は、
案じていた。
 そのためひと芝居打つことにした。たまたま、その日に限り忘れた振りをして、
おもむろに2人のログブックを取り出した。何気なく相手に差しだした。相手は日
本語で書かれたログブックをパラパラめくりながら目を白黒させていたが、「OK、
ノープロブレム」とうなずいた。「なんだ、産むが易しだな」と安堵した。
 船は8時にマリーナを出航した。僕らの船は2本マストのセーリングボートだが
小さなエンジンも装備してあり、その両方の力で進んで行く。だが、船足は遅くア
ウターリーフのダイビングポイントに着くまでには3時間近く時間が必要だ。僕ら
の脇を快速艇グレートアドベンチャーなどのカタマランが波をけたてて駆け抜けて
行く。僕はそれを冷やかな目で見ながら「馬鹿ヤロー! リゾート地であわてるん
じゃねえ!」と吐き捨てた。
 妻は船にめっぽう弱い。だが、今日はベタ凪なので大丈夫だろうと思った。しか
し、2時間も経たないうちに気持ち悪いと言い出し、デッキに寝そべってしまった。
妻に言わせるとシーシックは寝るに限るのだと言う。
 海の色が変わりだした。コーラルリーフが眼下に広がる。グレート・バリア・リ
ーフだ。昨日買ったばかりの新品ギアで身を固めると、陽気な船のクルーたちがよ
って来た。
「いいなぁ、これ」
「グットルッキングじゃん」
「A$10で俺に売ってくれ」
 みんな好き勝手なことを言っている。俺たちはそれどころじゃないんだ。なにせ
ダイビングは1年ぶりなのだ。妻がかなり緊張しているのがわかる。しかも船酔で
顔色も悪い。
 「あらよっと」ジャイアントストライドでエントリーして妻を待つ。妻も後に続
いて来たがどうも様子がおかしい。側に寄るとBCからエアーがボコボコ漏れてい
るのだ。しかもかなりの量なので浮力が確保出来ない。急いでクルーにそれを伝え
るとその場で大急処置をしてくれた。だが、妻にはそのトラブルによるショックが
大きかったのかそれを海上で待つ間、僕の顔めがけてゲロゲロ胃液を吐き続けた。
 海底まで7、8Mと浅いが1年ぶりのダイビングは無駄な動きが多く、それに何
度も方向感覚を失い、船の位置を確認するために浮上と潜水を繰り返すはめになっ
てしまった。それが悪かったのだろう。船に戻ってから2人とも体調が悪く、昼飯
どころではない。
 2本目のダイブの時間になったがどうにも動けない。結局2本目をパスしてデッ
キでウンウンうめきながら日光浴を楽しむことにした。サンサンと降り注ぐ太陽が
憎らしい。
 僕はひと眠りすると良くなったが妻は相変わらずの状態で、マリーナに着くまで
夢うつつのドロ酔い気分が続いていた。地上に足を着けるとさすがに「ホッ」とし
た。海水を吸い込んだダイブギアがずっしりと肩に食い込んで、僕には「ガッハッ
ハ! ダイビングを甘くみたらあかんぜよ」と言っているように思えた。
 明日は水から離れてゴルフでもしよかと妻と話して、ブッキングのためインフォ
メーションに向かった。
   明日はゴルフだよ。
                    「砂の城」(北九州)


#161 ’93夏 In Cairns (3)      砂の城
#5968/5984 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/ 6  11:12  ( 39)
’93夏 In Cairns (3) 砂の城
★内容
 昨晩早寝したので、寝起きもパッチリ。そそくさと出かける準備をしてホテルの
外に朝飯を食べに出た。あまり時間もないので僕はメキシカンホットドックを注文
した。こいつにはマメがしこたま入っていて、味もゲロゲロ。「うーっ、オーダー
ミスだ」
 PICK UPに来たバスは日本人ばかり、このツアーはどうやら日本の大京建
設が経営しているらしい。後でしったのだが、他にもゴルフ場やホテル、グレート
アドベンチャーなども大京の系列だという。日本の企業はバクテリアのようにリゾ
ート地にまではびこるのだ。
 去年はケアンズゴルフでプレイしたのだが、今日はメンバーオンリーということ
で今回はトラベルロッジというコースをまわることにした。18ホールと思ってい
たら、コースが重なったりして結局ハーフコースに毛の生えた程度だった。スコア
ーは・・・そんなの気にしない、気にしない。
 ホテルに戻って昼寝をしてからコインランドリーで洗濯をした。夕方になって近
くのスーパーに買いだしにでかけた。今回のホテルにはキッチンがないので朝食用
のパンとお菓子類しか要はない。レジで精算する時の事、会計係の僕は財布に手を
かけて店員が金額を言うのを待っていた。
「17ダラー、チョメチョメセンツ」
 店員の声が小さくて何セントか聞こえなかった。妻が店員の正面にいたので僕は
目で合図して「いくら?」と尋ねた。妻もすぐに了解して、
「セブンテン、テン、テン」
 と言った。僕は自分の耳を疑った。「セブンテンテンテン?」何じゃそれ。店員
も僕が聞き取れなかった事に気づいてもう一度金額を言ってっくれた。僕はお金を
払って、外に出た。
「お前、さっき何て言った」
「えっ、セブンテン・・・」
 妻は店員が言った金額を聞こえたままに僕に伝えようとしたのだ。
「確かセブンテン、テン、テンって、言ったろ」
「うー、そうだったかな?」
「そうだ、確かにセブンテン、テン、テンだ」
「だって店員がそう言ったから」
「違うだろ、店員はA$17.10って言ったんだぞ」
 妻は不思議そうにその時の店員の言葉を思いだそうとしていた。
「お前は、セブンティーンダラー、テンセンツと言ったのをセブンテン、テン、テ
ンって聞き間違ったんだろ! ボケ!」
 スーパーの前で僕らは大笑いしていた。先が思いやられる旅だ。
                     「砂の城」(北九州)
#160 ’93夏 In Cairns (4)      砂の城
#5978/5984 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/ 7  10:47  (105)
’93夏 In Cairns (4) 砂の城
★内容
 今日はワイルド・ワールドという小さな動物園のような所に行ってのんびり過ご
そうということにした。昨日のゴルフで一緒になった人から1時間も見れば十分の
所だと言われたが、隣には蛇の館やらオパール館の様なものもあり、楽しめそうに
思えた。
 到着してからオパール館に行き、中を見学。
「ふぅーん、ふぅーん。ふぅーん、ふぅーん」
 まあ、こんなもんだろうと妻と納得しながらそこでモーニングティーとスコーン
をかじりながら日向ぼっこを楽しむ。
 蛇の館はよく日本でも動物園あたりである「世界の蛇展」みたいなものだった。
ワイルドワールドに入るとオウムのショウが行われていた。オウムがローラースケ
ートしたり綱渡りしたり、滑り台を滑ったりするやつだ。僕は基本的には動物に芸
を仕込んだり披露させたりするのが好きではない。
 園内をぶらぶらしてカンガルーにヨシヨシしてやる。園内にはカンガルーやター
キーが放し飼いにされている。コアラもいるので見に行くと、コアラにしては珍し
いほど元気にうろうろしたり遊んだりしている。一昨年、シドニーやブリスベンで
もコアラを見たが、こんなにうろついているコアラを見るのは初めてだった。
 ここにはクロコダイルや鳥がたくさんいる。カワセミをじっくり観察していたら
檻の陰から飼育係が顔を覗かせて僕らに手招きをしている。
「なんだろう?」
「呼んでるみたいだね」
「おし、行ってみよう」
 僕らは呼ばれるままに檻の裏側にまわった。飼育係は扉を開けてなかに入って行
った。僕らはその場で待っていると奥から何か抱えてくる。
「うぁー! ウォンバットだ!」
「かわいい!」
 飼育係は鳥小屋の裏側でウオンバットを育てていたのだ。それを両手で重そうに
抱えて出てきた。しかも抱いてもいいという。僕は大喜びで毛むくじゃらなウォン
バットを抱いた。体重は10キロちょっとありそう。飼育係にカメラを渡して記念
写真をパチリ。いったん飼育係に戻したが妻も抱きたいと言ってまたも記念写真。
 いくら見てても飽きない奴だ。実に可愛い。2人で飼育係に御礼を言い、「可愛
い、可愛い」を連発しながら立ち去った。この園内にはウォンバットの檻が別にあ
る。そこのウォンバットは少々疲れて穴の中でじっと寝込んでいる。それだけにこ
の幸運を2人で大いに喜んだ。
 また、ぶらぶらしているとコウモリが檻にぶら下がっているのが目についた。2
人で近付くと、コウモリは何かもらえるのかと思ったらしくそわそわしている。触
ろうと思えば簡単に触れるのだが、噛まれたらいたいだろうか? と妻と話してい
た。すると、家族で遊びに来ているような人達が近付いてきて平気でコウモリのお
腹を指でつついて喜んでいる。僕も思わずつついてみた。その内、彼らとのおしゃ
べりが始まった。
「日本人ですか?」
「そうです」
「フランス人ですか?」
 外人にしてはあまり背が高くないし、なんとなくヨーロッパ方面だろうと思った。
それで僕は、彼らがフランス人ではないかと見当をつけた。
「いいえ、ドイツ人です」
「ウァー、ドイツですか。僕らは新婚旅行でドイツに行きましたよ」
「何処に行きました」
「フランクフルト、ローテンブルグ、ノイシュバン・・・」
 彼らも日本に興味があるらしい。国立に知合いもいると言っている。5週間の休
暇中を楽しんでいるところで週末には香港に渡るらしい。家族3人で旅行だ。娘の
ナディーンは高校生。オヤジのマンフレッドは体育教師でナディーンの体育教師で
もある。つまり親子で同じ高校に通っているのだ。色々話しているうちにナディー
ンと妻が文通をすることになった。
「日本にぜひ遊びにおいでよ」
「行きたいが日本は物価が高すぎて・・・」
 なるほど僕らは円高で喜んでいるが日本にくる外国人にとってはたまらないだろ
う。
「そうだね。じゃあ僕らが遊びにいくよ」
「そりゃいい。ドイツにきたら一緒にドイツワインを飲もう」
「ワイン?」
「そう、ドイツはワインが有名なんだ」
 ドイツとくればビールときそうだが、マンフレッドはワインが旨いと豪語する。
それではお近付きの記念の写真をパチリ!
 結局、半日をそこで過ごした。ホテルに戻って明日の予定を立てたいが、ロック
ンから農場出発を金曜にするか土曜にするかの連絡が入ってこない。妻に苦手な電
話を押し付けて連絡させるが、またしても違う部屋につながってしまった。ユニッ
トを変わったのだから電話番号も変わったのだ。マンションのマネージャーに連絡
をして調べてもらうが、プライベートナンバーなので分からないという。ホテルの
レセプションで電話帳をひいてもらっても載ってない。仕方なく彼らのマンション
に向かった。
「グッダイ、HIROとNAOKOだよ」
「上がっておいでよ」
 部屋に入ると若い女性がいた。そういえばニュージーランドから叔母さんが遊び
に来ると言っていたのを思いだした。それにしても若過ぎないかと、妻も不思議そ
うな顔をしていた。
「僕の友達でアレックス」
「日本の友達のHIROとNAOKO」
 男みたいな名前だと思ったが、正式な名前ではないだろう。何にしてもアレックス
がロックンの叔母さんでないことが分かった。その後すぐに正真正銘の叔母さんが登
場した。
 叔母さんはパットという名だった。本人に言わせると簡単で覚え易いだろと、言
うことだった。叔母さんはロックンの母ダイルの姉さんだ。
 農場行きは土曜ということになった。そうときまれば明日のブッキングが必要に
なる。ケアンズはリゾート地だが市内にはこれといった遊びの施設は無い。大抵数
日前から自分の参加したいツアーに予約を入れることになる。だから昼間のケアン
ズ市内は閑散としているのだ。農場行きが土曜なら明日はレインフォレスト(熱帯
植物)を見てまわろうと決めていた。
「僕ら時間がないから」
「どうして?」
 ロスがとがめる様な視線で尋ねてきた。
「明日のツアーの予約をしないといけないから」
「じゃあ、そのあと帰って来るか? 食事はしてないんだろ」
 ロジャース家の夕食は美味しいし、楽しいのだがご馳走になるとホテルに帰るの
は確実に11時を過ぎる。明日のツアーも朝が早い。出来れば今日は部屋でのんび
りしたかった。
「明日早いから今日は帰るよ」
 そう言った途端、窓の外はザンザン降りの雨になった。ロスの巨大な傘を借りて
妻と愛々傘でホテルに戻った。去年は2週間ケアンズに居て1日だけ小雨が降った
日があった。今日の雨はスコールのようだ。僕らは傘なんて持ってこなかったから
雨が降ると非常に困る、それにいやだなと思った。
                    「砂の城」(北九州)
#159 ’93夏 In Cairns (5)      砂の城
#5994/5997 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/ 8  11:13  (115)
’93夏 In Cairns (5) 砂の城
★内容
 早起きしてパンとコーヒーで食事を済ませるとちょうどPICK UPタイムだ。
バスに乗り込んで「グッドモーニング」。車内には既に15、6人の人々が乗り込
んでいた。どうやら僕らが最後の客だったようだ。このくらいの人数が一番楽しめ
る気がする。大型バスだと運転手やガイドの声が聞こえなかったり、まわりの人た
ちとコミュニケーションしにくかったりする。少ないと相性の悪い人たちだとしら
けてしまうこともあるからだ。
 バスの乗客の半分はオージー、4人がイタリアで、ニュージーランドが2人、日
本代表が僕ら2人だ。このバスには珍しくドイツ人がいない。海外に行くと何処に
行っても日本人はウロウロしているが、なにせ目立つからしかたない。でも、ドイ
ツ人はもっとウロウロしているような気がする。ただ、僕らと違って目立たないだ
けなのだ。ケアンズはイタリア人も多かった。
 バスはモスマンに向けて走りだした。海岸線を快適にドライブと行きたいのだが、
にわかに空模様が怪しくなるとパラパラ雨が降り始めた。昨晩の雨で海の色も濁っ
てどんよりした空を写しだしていた。
 ケアンズには砂糖きびが多い。バスは砂糖工場の敷地に入って行った。農場で刈
り取られた砂糖きびは貨車に乗せられ、この工場まで運ばれる。その貨車の側面に
巨大なバーコードが刻印されており、それに従って砂糖きびは工場内に取り込まれ
精製されていくのだ。辺りには甘〜い匂いが漂っているように思えた。
 デントリー川につくとリバークルーズを楽しむ。川にはクロコダイルや蛇等の野
生動物が潜んでいるらしい。双眼鏡を片手に目を凝らすがなかなかそれらしいもの
は見あたらない。しかも時折冷たい雨が船内に吹き付けて来るので、それどころで
はなくなったりする。1時間半ほどの探検の間に2匹のスネークを発見するにとど
まった。自然とはこんなものだと納得する。
 バスはモスマンミュージアムに向かった。ここで昼食を取ることになっている。
おすすめはバラマンディーのハンバーガーで「バラバーガー」。もちろん僕はそれ
を頼んだ。注文したものが出来上がるのをテーブルについて待っている時、ドライ
バー兼ガイドのジョンがやってきた。
「何を頼んだ?」
「もちろん、バラバーガーだよ」
 ジョンがニタッと笑う。意味のありそうな笑いだ。
「本当に旨いのかい」
「ああ、悪くないぞ」
「ここは何時くらいに出発するの」
「あと20分位で出発だ。でも今日は少し遅れそうだ」
 この時期にしては嫌な雨が降っているからだろう。
「ケアンズに来てどれくらい」
「4日目だ。29日までいるよ」
「ヘェー、長いね。日本人は2、3日で居なくなるのにね」
 この台詞はこれまでにも何度と無く聞かされてきたものだ。ほとんどの日本人観
光客は、1日をG.B.R.の海で過ごし、もう1日を山や川で過ごす。次の日に
はもういない。次の都市に移動しているのだという。どんなに長くても5日がいい
とこだろう。彼らは暗に「そんな短い滞在でケアンズの良さなんて分かるはずがな
い」と言っているように感じた。現にロスやロックンはそんな日本人を嫌うところ
がある。どうしても日本人の行動が彼らの目には奇異に写るのだろう。
「日本人は大型のバスに乗って、固まって行動をするだろ」
 僕は苦笑いをするしかなかった。
「しかも、高いツアー料金を平気で払うんだ。それがリベートとしていろんな奴ら
に流れて行く」
 痛いところを突いて来る。ジョンはその後も自分達のツアーは安いけど、中身は
とってもいいのだということを力説していた。
「アイティーン、ナンバーアイティーン!」
「おっと、僕のバラバーガーが出来たようだ」
 予定より少し遅れてバスは出発した。レインフォレスト・ウオークをするために
内陸に向かう。雨に打たれた植物の葉はワックスがかかって美しい。巨大な大木。
それに寄生する別の植物。熱帯雨林の生息する場所は樹木が生い茂って、地上まで
太陽の光がとどかない。大木は大地にどっしりと根をはることが出来ないが、巨大
なからだを支えるために、幹が三脚のようにな役目をするために広がっている。僕
も妻もその美しさにしばし言葉を失っていた。
 バスにもどるとジョンがドリンクを飲みたい人はここにあるから言ってくれと、
クーラーボックスを指さしながら声を張り上げている。でも、みんなは雨に濡れて
冷たいドリンクを飲む気分ではない。そこで陽気なイタリア人が声をあげた。
「カプチィーノ!」
 ジョンはカプチィーノはないと言っている。だが、他の客も「カプチィーノ」と
声をあげた。僕もつられて「カプチィーノ」と叫んだ。
「みんなカプチィーノが飲みたいのか?」
 ジョンがミラーごしにみんなを見ている。次々とみんなが手をあげた。
「よし、分かった。じゃあ何処かにとまることにしよう」
「カップチィーノ!」
 イタリア人が喜んで雄叫びをあげた。道路沿いのコーヒーショップにバスを着け
て店に入った。みんながカプチィーノを注文した。それが出来る間テーブルに座っ
て待つことにした。僕らはジョンの配慮でイタリア人たちと同じテーブルに座った。
「ケアンズにはどのくらい滞在するの」
 イタリア人の男が聞いてきた。
「2週間だよ」
「ヘェー、たった2週間」
 僕は彼の言葉があまりに意外だったので目を丸くした。ジョンがすかさず説明に
入った。
「彼らは日本人にしちゃあ長い方なんだ。大抵の日本人は2、3日で居なくなる」
 イタリア人たちもとりあえず納得してうなずいた。
「日本のホリデーはどのくらいなんだ」
「年間?」
「そう」
「うーん、平均すると年100日くらいかな」
「100日?」
 疑わしげに僕の顔をのぞき込んでいる。
「そう夏に1週間、冬に1週間。それに土日とか・・・」
 イタリア人の顔がパッと明るくなった。
「土日はホリデーじゃないよ」
「じゃあ年2週間から3週間だ」
「イタリアは5週間だぞ」
 イタリア人の顔が勝ち誇ったように見えた。「クソッ!」ドイツも5週間って言
ってたのを思いだした。
 そのうち僕らのテーブルにも待に待ったカプチィーノが運ばれてきた。
「日本にはたくさんの伝統があるけど、街の変化の様子はどう?」
「早いとも遅いとも言えないよ」
「都会は早くて田舎は遅いってことだろ」
 僕は「そう、そう」とうなずいた。
「日本は物価が高いよね」
「そうだね」
「ヨーロッパに行くのとオーストラリアに行くのだとどっちが安い?」
「もちろんオーストラリアだね」
「やっぱりそうだろうね・・・」
 旨いカプチィーノでからだが温もるとバスに戻って帰路に着いた。イタリア人た
ちには「チャオ!」と声をかけて分かれた。
 夕食はちょいとデラックスにいこうとホテルの2Fにあるレストランでとること
にした。子牛のパイ包みはなかなか旨かった。明日から2日間は農場だ。
                     「砂の城」(北九州)
#158 ’93夏 In Cairns (6)      砂の城
#6010/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/ 9  12:58  (144)
’93夏 In Cairns (6) 砂の城
★内容
 8:20にロックンから電話が入り、9時出発を1時間遅らせて欲しいと言って
きた。空が雨模様だったので一瞬最悪の事態を想像したが、取り越し苦労だったよ
うだ。
 開いた時間を利用してPRO DIVEの店に向かった。この前のダイビングで
ひどい目に会ったにもかかわらず、なんとアドバンス(オープンウォーターの次の
ステップ)を取るたダイブトリップを申し込むためだ。だが、ここで問題が起こっ
た。日本人インストラクターの乗る船は来週は無いというのだ。ということは英語
ですべて説明を受けることになる。遊びで潜るのならいいが専門的な話まで英語で
はちょっと自信がない。
 しばらく妻と話し合って「ダメでもともと!」という気になった。とりあえず来
週のアドバンスコースの申込をする。テキストは日本語の物を貸してくれた。
 時間になったのでロジャースファミリーを訪ねる。ロックンの車に荷物を積んで
いるとロスがランドクルーザーでやって来た。荷台から写真で見せてもらったラブ
ラドール犬の「デビィ」が顔を出している。早速ロスにデビィを紹介してもらった。
すごく太っているが愛嬌のあるいい奴だ。
 ケアンズ市内を抜けるときロスの会社を見せてもらった。グラスファイバーの工
場だ。小さいながらもロスは社長さんなのだ。
 農場に向かう途中、幾つものナショナルパークに立ち寄った。小雨混じりで観光
客がひとりもいないブッシュは神秘的でさえある。特にカテドラルFIGはすばら
しい大木だった。まさしく教会のパイプオルガンのパイプの様に木の幹から根が垂
れ下がっている。カーテンFIGもそよ風に波うつカーテンを思わせる。耳を澄ま
すと鳥の鳴き声が何処からと無く聞こえて来る。僕らは雨の中をじっと息を懲らし
て森の中にとけ込んだ。
 車は小さな街に着いた。レイクイーチャム・ナショナル・パークのそばにあるヤ
ンガバラという街だ。ロックンたちがクリスマスの前によく泊まりにくるホテルに
寄った。レイク・イーチャム・ホテルという古いが素晴らしい木材をふんだんに使
ったホテルだった。ロックンはホテルのオーナーとも顔なじみのようで懐かしそう
にオーナーと話をしていた。今日1Fのホールで結婚披露宴があるという。今その
準備で忙しいらしい。他の客はまだ入れないがロックンの顔ききでそのホールを見
せてもらった。素朴で素敵な感じだ。
「何かいい匂いがするね」
 僕は妻の顔を見た。妻は首を傾げている。辺りを見回すとホールの奥に暖炉があ
った。
「うわ! 暖炉だ」
 僕は喜んで暖炉に駆け寄った。中には大きな木が放り込まれて燃えている。
「暖かいね」
 妻が手をかざしながら呟いた。
「そうだね。それに、いい香りがする。木の香りだ。本物の暖炉なんて初めてあっ
たったような気がするよ。こんなにいい香りがするとは思わなかった」
「この暖炉からサンタクロースが降りてくるの?」
 妻がロックンに聞いた。
「ううん。ここのクリスマスは真夏だからその頃暖炉は使わないんだ。だからサン
タは暖炉から降りてこないんだ」
 僕は暖炉の中をのぞき込んだ。もし暖炉を使っていてもこの可愛い暖炉からサン
タが降りて来るのは無理だろう。
 いつまでも暖炉のそばを離れ難かったが、僕らがいては準備の邪魔になるのでそ
の場を後にした。
 ホテルの近くで新しいレストランがあるのに気づいたロックンが「入ってみよう」
といいだし、そこで昼食をすることにした。味も値段も良かった。
 3時頃、ようやくMALANDAにあるロスの農場に到着した。農場はべらぼう
に広く、オーストラリアの広さを実感させられた。今はナッツの木が整然と植えら
れている。車はどんどん奥の方に向かった。森の中に建物があり、ロスのランドク
ルーザーが止まっている。既にロスやダイル、パットそれに愛犬デビィも到着して
いた。
 3人に迎え入れられ、何処を見てきたか聞かれた。ひとつひとつ説明するのをう
れしそうに聞いている。小屋にはニュージーランド製の鋳物のストーブが置かれて、
そのまわりが暖かい。熱いコーヒーを飲みながら辺りを見回していると、「おいで、
案内しよう」とロスが立ち上がった。小屋は車が15台くらい入るガレージのよう
なものでできている。それを上手に区切ってバスルームとキッチンなどを配置して
いる。どれもがロスの手作りだ。奥のシャッターを開けるとそのままブッシュの中
へ道が続き、散歩できるようになっている。
 正面から左に大きくはね上げた扉の下にはテラスがつくられ、テーブルと椅子を
持ち出している。その下は木の繁った斜面になっており下ってしまうと川が流れて
いる。最高のロケーションの中にひっそりと小屋を建てた感じだ。毎週ここに来て、
少しずつ作ったのだという。だから今も作りかけの部屋があるし、今度は表面に出
ているスチールをすべて木で覆ってしまいたいらしい。
 しばらくしてから雨が止んだので「テントを組み立てよう」とロスが言い出した。
農場のどまん中にトイレと洗面所のある小さな小屋がある。そこの脇に僕と妻が寝
るためのテントを張るというのだ。奥の小屋でも全員が楽々寝るだけのスペースは
あるのだが、ロスたちは僕らの「プライベート」を考えて、200メートルも離れ
た所にテントを張ってくれた。テントは6人用くらいのサイズで中に入ると立ちあ
がっても頭が天井に着かない。ダブルサイズの寝袋(中に布団と枕が入っている。
こんなの初めて見た)を中央に配置し、小さなテーブルと椅子まで持ち込んだ。こ
いつは快適だ。ロックンは僕らから更に20メートル離れた所に1人用のテントを
張った。
 寝床の準備が出来るころ辺りは少し暗くなり始めていた。小雨まじりの空は夜が
忍び込む時間を早めてしまったようだ。そのまま大きな小屋に戻って夕食の準備を
するのかと思うとそうではなかった。
「濡れてもいい格好に着替えるんだ。川下りをしよう」
 先ほど土手のあたりにカナディアンと1人用のカヤックを運んでいた。パドルも
身長にあわせて選んでいたが、まさかこんな時間から川遊びでもあるまい。しかも
依然として小雨は降っている。
「今からカヌーに乗るのかい」
「その通り」
 ロックンの有無も言わせぬ口調に僕らは従うしかなかった。川辺に行くとロスが
妻の座る場所だけ丁寧にハンカチで拭いている。ロックンと妻がカナディアンに乗
り僕がひとりでカヤックに乗せられた。カヌーなんて高校の時カナダで乗って以来
のことでちょっと心配だったがカヌーは思った以上に安定していた。これなら馬鹿
やらない限り沈(ひっくり返ること)はないだろう。
 川の流れは緩やかでパドルを動かさなければじっとその場で漂っていそうだ。こ
こには妻の大好きなプラティパス、つまりカモノハシがたくさんいるそうだ。まわ
りの木にはポッサムやツリーカンガルーも見ることが出来ると言うからわくわくす
る。少し薄暗くなった水面に波紋がたった。
「プラティパス」
 ロックンが声をひそめてその方向を指さした。カモノハシも僕らの気配を感じて
か「ポトン」と水の音と波紋を残して川の中に潜った。
「ピィシー、ピィシー」
 ロックン声を出さずに呼んでいる。あっちにもこっちにもカモノハシの背中が見
える。ゆっくり波紋を引きずって泳いでいる奴もいる。妻は声を出さずに狂喜乱舞
している。
 辺りを見回しながら漂っていると、不思議な気持ちになる。鳥の鳴き声しか聞こ
えない、闇に呑まれようとしている誰もいない川で僕は何をしているんだろう。ひ
たすら気配を消して、カモノハシが現れるのを待っているだけだ。でも、それがど
んなに素敵なことか・・。僕は自然の中にこれ程までにとけ込んだことがあっただ
ろうか。辺りは完全に闇に没した。空には星も月も無い。頭上の木が突然ざわめく。
大きな鳥の陰が飛びたった。ロックンがフラッシュライトを取り出して、動物が潜
んでいそうな場所を照らし出している。
 僕らが人間の世界に戻ったのはそれから30分以上してからだった。素晴らしい
経験だ。からだの表面は冷たくなっているが、奥の方で沸々と沸き立つ熱いものを
感じる。こんな気持ちを大切にしたい。
 着替えをもってロスたちの小屋に向かった。寒いだろうから熱いシャワーを浴び
るようにすすめられた。
「2人で入ってもいいか?」
「どうぞご勝手に」
 妻と風呂に入りたかったのではない。風呂はいつも2人で入っているからそうし
ようとしたわけでもない。たった今経験したことを、抑えきれない感動を互いにぶ
つけあいたかったからだ。僕も妻も興奮していた。そして夢のような時を過ごせた
ことに感謝した。
 ダイルとパットが夕食の準備に取りかかっていた。妻がシャワーを浴びる前に日
本の有名な料理?をひとつ作りたいと申し出ていたので2人は僕らの方に視線を向
けた。
「これから作る?」
「はい」
 ダイルが妻の準備に手助けをする。材料は昨日スーパーで買い込んでいたのだ。
「何て料理?」
「お好み焼きです。ジャパニーズピザ」
「オコノ・・・。美味しそうだわ」
 多少材料の違いに味を心配していたが、まあまあの出来だった。お好み焼きを前
菜にしてメインはやはりバーベキューだね。ソーセージも旨い。仕上げは莓とパッ
ションフルーツをのせたアイスクリームだ。食後のコーヒーを飲みながらオースト
ラリア、ニュージーランド、そして日本の国際交流は尽きない。
 動物の話、家族の話、歌を唄い、食事のマナーや箸の使い方を教えたりした。気
が付くと時計は12時近くなっていた。
「ベッドタイムだ」
 ロスの一声で宴会はお開きとなった。雨が止んで少しだけ星が見える。テントに
向いながら「今度は晴れた時に来るといい」と言ってくれた。本当にそうしたいも
のだ。
                   「砂の城」(北九州)
#157 ’93夏 In Cairns (7)      砂の城
#6019/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/10  11:15  ( 79)
’93夏 In Cairns (7) 砂の城
★内容
 顔に温もりを感じて目を覚ました。真っ白い天井? そうだテントに寝ていたん
だ。時計は8時を回っていた。テントの中はビニールハウスのように暖かい。夜中
に雨が浸入してくるのを恐れてメッシュの窓もすべて閉ざしていたからだろう。
「直子、起きろ! 晴れてるみたいだぞ」
「ううん、何時?」
 妻は異常に寝起きの悪い奴だ。どうせ布団の中でぐずぐずするのだろうと思い、
無視して入口のジッパーをあげた。
「あらっ? 曇ってるよ。いや、向こうは晴れてるな」
 雲の切れ目からところどころ青空が顔を覗かしている。晴れるのか雨になるのか
どちらにころんでもおかしくない空模様だ。
「ロックンは起きたのかな」
「さっきごそごそ音がしてたよ。たぶんロスたちの所に行ったみたい」
 寝起きの悪いわりにはまわりの様子を知っていた。
「どうする」
「どうって」
「とにかく顔を洗ってロスの所に行くか」
 小屋で顔を洗い、出すものを出してロスたちの所に向かった。
「グッドモーニング」
「気分はどうだい」
「最高だよ」
 ダイルとパットはまだベッドの中でお茶を飲んでいる。ロックンがキッチンで朝
食の準備をしていた。
「テントはどうだった」
「そごく快適だった。ぐっすり眠れたよ」
 コーヒーをもらってストーブにあたる。2時間かけて朝食をとった。オートミー
ルに始まり、サラダ、パン、タマゴにベーコン、そしてまたコーヒー。
 どこかで電話がなっている。しばらくすると車が1台やってきた。近所に住む電
気工事屋のジョンだ。車のタイヤがバーストしている。ロスとジョンが修理をして
いる間、僕らはのんびりと過ごした。もう、12時だ。トラクターで草刈をしてい
たロックんが戻って来て、「そろそろ出かけよう!」と僕らに声をかけた。
 ロックンと僕ら夫婦は農場を後にした。車を少し走らせると小さな川が見えて来
た。川に掛けられた橋の上で車をとめてロックンが川を指さしている。
「ジョンストンリバーだ」
 そこには小さな滝と岩があった。
「きれいだね」
 僕は言った。
「NO、これは自然じゃない。人工的に作ったんだ。ボート遊びをするために川を
せき止めたり、滝を作ったりしてるんだ。とても悲しいよ。とても悲しい」
 僕はロックンのその言葉を聞いて青ざめた。この川も自然の川もひとつの景色と
して見ているだけの自分に気づいたからだ。よく見ればこれが自然のものではない
ことに気づく、だがどれをみても「凄い!すばらしい!美しい!」を繰り返してい
た自分が恥ずかしくなった。
 車は更に内陸に向かった。幾つものクレーターや滝を見た。何処もナショナルパ
ークで入場料なんていらない。観光バスの入って来れない狭い道が多いので人もほ
とんど見かけない。
 昼飯にテイクアウエイのフィシュ&チップスを頬張りながら車は走り続けた。ま
た川だ。ロックンがその川岸に車を止めた。川は雨が少ないためかほとんど水が無
い。ロックンが川に手をつけているので真似してみると、暖かい。
「温泉?」
「そうだよ」
 こんな所に温泉があるのに驚いたが、そういえば農場に来れば温泉にも入れると
ダイルが言ってたのを思いだした。でも今は川の水かさが低すぎて入れないそうだ。
スコップで穴を掘れば入れそうだが、辺りには馬フンが散乱しているから止めとい
た方がよさそうだ。そのかわり隣にあるドライブインでコーヒーブレイクをした。
ここで妻がロックンにいろいろ質問しはじめロックンの英語教室となった。
「こんなことロックンにしか聞けないんだけど・・・」
「なんだい」
「stupidとsillyとcrazyの違いを教えてくれない?」
 妻は確かに他の人には聞けそうもない質問をロックンぶつけた。
「stupidとsillyは冗談なんかでよく使うんだ。でもcrazyはちょっと難しくて冗談
でも使えるんだけど、本当の狂人に対しても使うことがあるから気を付けないとい
けないんだ」
「ふ〜ん。じゃあmadは?」
「madには狂ったなかに怒りの要素を含んでいるんだ」
「マッド・マックスはそういう意味があるんだ」
 妻が目を輝かせて叫んだ。
「そうだよ」
「それとthinkとguessの違いはどうなの?」
「thinkにはその人の考えや判断が含まれ、ある程度の結果を予測しているがguess
の場合はただ思っただけで、結果の予測がつかないときに使うんだ」
 休み休みに帰路についたが、ケアンズに戻ってきたのは9時を過ぎていた。ロッ
クンも相当に疲れている様子だった。最高の2日間をありがとう。
「スリープウエル!」
 妻が叫んで走り去る車に手を振った。
             「砂の城」(北九州)

#156 ’93夏 In Cairns (8)      砂の城
#6024/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/11  10:48  ( 43)
’93夏 In Cairns (8) 砂の城
★内容
 今回の旅の半分が終わった。今日は中休みと言うことで何もスケジュールは決め
なかった。だからゆっくりと朝寝坊ができた。シャワーを浴びてランドリーで洗濯
をすると、もう昼近くなっていた。お腹がすいたのでブランチを食べに外に出るこ
とにした。
 まっ昼間のケアンズには日本人観光客が少ない。うろついている日本人はほとん
どがワーキングホリデーを利用して渡豪している連中ばかりだ。エスプラネード(
海辺の通り)を散歩しているとケアンズについたばかりの日本人5、6人とすれ違
った。
「やっぱり日本は金持ちやねぇ。日本やったらこんな車みんな廃車にしとるわ。日
本は生活レベルが高いんやろうな」
 頭をスポーツ刈りにて、頭のてっぺんから爪先まで真新しい服に身を包んだ親父
が日本語なので分かるまいと大声でそんなことを言っている。確かに彼の指さした
車はボロ車で、通りのあちこちにボロ車が止まっている。僕はその時、ゴルフに行
ったときに送迎バスで一緒になった親父たちの言葉を思いだしていた。大京建設経
営のゴルフ場の横にあるコテージが3千万円くらいから売りだしているがこれを買
えるのは日本人くらいだ、とガイドが説明をしていた。それを聞いた親父たちが、
日本人は金持ちだからとさも当り前のように騒いでいたのだ。でも、僕はどちらも
違うような気がした。確かに日本は経済大国である。しかし、個人のレベルで考え
るとそうは言えない。
 ケアンズにボロ車が多いのは貧しい旅行者があちこちからやって来るからであっ
て、ここに住む連中はそんなボロ車に乗っている人はほとんどいない。それが証拠
に通勤時間の道路を見ていると、仕事に向かうオージーたちの車はけっしてボロ車
ではないのだ。ボロ車はそんな時間には路肩に乗り上げている。ロジャース家は3
人家族だが僕の知っているだけでも車が4台ある。
 ゴルフ場にあるコテージにしても、買えないのと買わないのは大きな違いだ。あ
んなコテージに3千万も払う方がどうかしているのだと思う。それを買うのは成金
趣味の日本人だけた。彼らは知らないのだ、生活を楽しむために、日本人の住む屋
敷の数百倍もの農場をオージーたちが所有していることを。そんな農場にすらバス
ルームに水洗トイレ、洗濯機から乾燥機、オーブンレンジまで備え付けていること
を。
 親父たちを見て僕の中にもある見せかけの豊かさと心の貧しさを見せつけられた
ような気がして、気持ちが少し重くなった。
 部屋に戻って昼寝をしているともう夕方になっていた。
「明日はどうするの?」
 寝ぼけ眼で妻が言った。
「馬だ。馬に乗ろう」
 去年、乗馬ではひどい目にあったが今年は近場で良いところをインフォメーショ
ンで見つけていた。ホテルのレセプションでその予約を済ませると、夕食を食べに
再び外に出た。ナイトマーケットをぶらつき自分たちのお土産を少しだけ買った。
                     「砂の城」(北九州)

#155 ’93夏 In Cairns (9)      砂の城
#6025/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/12   9: 1  (106)
’93夏 In Cairns (9) 砂の城
★内容
 PICK UPの車を見て、少々驚いた。迎えにきた2人はどちらも日本人なの
だ。別に珍しいことではないが、僕らの見たパンフレットはすべて英語で書かれて
あるものだったので、てっきり現地人の経営する牧場と思っていたからだ。今日の
申込みは僕ら2人だけだという。でも昨日から牧場に泊り込みの女性が2人いると
言う。牧場の経営はやはり現地人で彼らはその人の家にホームステイしているらし
い。仕事を手伝う代わりに食事とベッドを与えられているのだと言っていた。
 1時間程で牧場に着いた。建物らしい建物が見あたらない。この牧場は最近始め
たばかりでまだログハウスのようなものは無いと言う。その代わりに柱と屋根だけ
のホッタテ小屋のようなものがあった。ほとんどキャンプだね。
 早速泊まり組の2人を見つけた。こりゃドイツ人だなと思った。
「おはよう、HIROとNAOKOだよ」
「おはよう、ストランクです」
 赤毛の女の子が言った。
「おはよう、・・・・です」
 もうひとりの女の子が挨拶をしてきた。
「えっ? 何だって?」
 思わず日本語で問いかけた。
「クー・・です」
 よく聞き取れないので聞こえた言葉を復唱した。
「クーター?」
「NO、クー・・」
「クータァー」
「NO、クー・・」
 何度聞いても「クーター」としか聞こえない。彼女の口の動きを真似しながら更
に続けたがやっぱりOKはもらえなかった。難しい名前だ。そこで紙に書いてもら
った。「KOETHE」うっ、読めない。でもクーターの英語は僕らにはとても聞
き取りやすかった。ストランクはほとんど英語を話せない。
 何処から来たのか聞いて驚いた。予想通りドイツではあったが、ベルリンだとい
う。しかも元東ベルリンだ。何故驚くんだと、聞かれても困るが東ベルリンに住む
人たちがのんきにオーストラリアで乗馬をしていることに多少驚きを感じたのだ。
 ここにはオージー2人とワーホリの日本人3人とドイツ人2人そして僕ら夫婦だ
けだった。馬はつながれたり、囲いの中にいるわけではない。あちこちに散らばっ
ているのだ。
「じゃあ、今から馬を捕まえに行こう」
「えっ? 捕まえるって?」
 オーナーのレイは物置代わりの車から食パンの包を5、6袋取り出すとついて来
いと、手招きをした。
「まさかパンで馬をおびきよせるなんてことないよね」
「その通り!」
 確かに僕らのまわりには1頭も馬がいないのだから乗馬をしたければ馬を捕まえ
るしかないのだ。それは分かるが、パンで寄ってきたところを捕まえるなんて出来
るのだろうかと、心配になった。
「馬の後ろにまわらないで下さい。危険ですから」
 ワーホリの明美が僕らに注意を与えた。
「カモーン! カモーン!」
 レイがパンを振り回して馬を呼ぶといろんな所からぞろぞろやってくる。僕らは
完全に馬に取り囲まれた。
「後ろに気を付けて!」
 馬がパンを狙ってあちこちからやって来るので、注意しててもいつのまにか馬の
尻が目の前にあったりする。
「おおっ、恐え〜」
 向こうで牧場にきて4日目といっていたワーホリの直美が馬に襲われて悲鳴をあ
げている。背後を注意しながらパンを与え続ける。向こうで何頭かお縄にしたみた
いだ。捕まえた数を数えている。その中の1頭を「持ってろ!」と渡された。
「ちょっ、ちょっと、コラ、ウマ、パン、オイ」
 片手で紐を握っているので袋からパンが出せない。だが、別の馬がそのパンを奪
おうと鼻先で僕を小突くきまわす。そちらに気を取られていると更に別の馬がパン
を奪おうとする。スネークと呼ばれているオージーがリンチにあっている僕を見つ
けて助けてくれた。妻のことが心配になって辺りを見回すと、妻はパンを持ってい
なかったので馬に襲われることなく高みの見物だ。こっちを見て笑ってやがる。
 捕らえた馬を鞍が置いてある所まで連れて行く。僕は持たされた馬に乗るのだと
思ったので、この馬に好かれるように手持ちのパンを大盤振舞いしてやった。
「お前は、こっちだ」
「えっ、僕の馬・・・」
 連れて行かれる馬が一度振り返って「アカンベー」をしたように見えたが、馬に
「アカンベー」は出来るはずがない。スネークがこげ茶の大きな馬を連れてきた。
 パンをやりたくても、パンがなかった。スネークは「持ってろ」と言ってまた向
こうに言ってしまった。その馬が「パンをよこせ!」と迫ってきた。「無いんだよ」
と説明しても分かってくれない。少し泡を吹いた口先で僕の胸を小突きあげる。僕
は嘗められてはいけないと思い。手で奴の顔を押し返そうとした。だが奴は顔を
触られることを嫌って僕の手をサッとかわすと、鼻水をまき散らしながら鼻息を荒
くした。
「アハ、怒った? ドゥドウ、ちょっと、オイ、ヤメロヨ、タノムヨ・・」
 どうも奴は怒っているようだ。そこに天の助けがやってきた。明美が「パンいり
ます?」とやってきたのだ。僕は明美の差し出すパンをわし掴みにすると奴の口に
ねじ込んだ。これでもか、これでもかと。パンをねじ込みながら奴の顔を撫でると
意外とおとなしい。奴の名は「オニックス」だ。
 鞍をつけてもらって背中に飛び乗る。去年同様誰も馬の操作方法なんて教えてく
れない。それでも馬はしっかりとみんなについて歩き出した。試しに右の手綱を引
いてみる。パンの効果があったのかちゃんと右に進路を変えた。
「偉い、偉い。今度は左だぞ」
 左の手綱を引くと元の進路に戻った。これなら安心だ。ときどき気まぐれな雨が
降って来るが、充分に乗馬は楽しめる。約2時間を馬の上で過ごした。
「鞍を外してから馬をあらってもらいます」
 明美がちょっと申し訳なさそうに言った。
「なんのなんの、背中にのっけてもらった御礼に今度はお背中を流しますよ」
 背中に水をかけてからゴムラバーで水を拭き取り、丁寧にブラッシングした。オ
ニックスも僕になれてくれたらしく、最初の時のような挑戦的な態度は見せなかっ
た。
 昼食にバーベキューを食べて食後にムチの使い方を教えてもらった。午後からま
た馬が変わった。オニックスに乗りたかったのだが、奴め、何処かに逃げたらしい。
午後からの僕の相棒は「ココ」という雄馬だった。今度はもう少し難しい所に挑戦
しましょう、ということで林の中や川の中、崖の登り降りまでトライすることとな
った。お尻の傷みが増してきたころ、夕暮れがやってきた。今日一日遊んでくれた
馬たちに手を振りながらケアンズへの帰路に着いた。
 ホテルに帰ってから、強烈な眠気が襲って来る。だが、アドバンスの取得をする
ために勉強をして、提出しなければならないレポートがあったので、コーヒーをガ
ブ飲みしながら僕は頑張った。だが、妻はすでに寝息をたてている。妻は僕のレポ
ートをまる写しにするつもりなのだ。
「ぜったい見せてやらないからな!」
 妻の寝顔を恨めしそうに見ながら僕は呟いた。
                      「砂の城」(北九州)
#154 ’93夏 In Cairns (10)     砂の城
#6026/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/13  11: 1  ( 93)
’93夏 In Cairns (10) 砂の城
★内容
 妻の希望により午前中はまたしてもゴルフをすることになった。せっかくケアン
ズに来てゴルフはなかろうと思うのだが、日本じゃあなかなかするチャンスがない
もんで、「ゴルフ! ゴルフ!」と赤ん坊がお菓子をねだるように繰り返す。
 2時過ぎにホテルに戻り、一息ついてからダイビング器材を抱えてホテルを出て
PRO DIVEに向かった。明日から2泊3日のダイブトリップに出発だ。その
準備をするために予め器材をセッティングしておく必要があるからだ。
 夕方からロジャース家を訪れることになっていたのでケーキを買ってホテルに戻っ
た。一旦ホテルを引き払うのでそのための準備も必要になる。
「明日は朝が早いから早めに退散しような」
 部屋を訪れるとダイルとパットしかいない。しばらくおしゃべりをしているとロ
スとロックンも帰ってきた。なんだか2人ともとても疲れているように見える。ダ
イルも疲れているようだ。
「なんだか疲れているみたいだね」
 僕は彼らに聞こえないように妻にささやいた。
「うん。ロスも目が真っ赤だった」
「僕らは休みだけどみんなは仕事で疲れているんだろうな。今日は早めに帰ろうよ」
 妻ももちろんそのつもりだった。土日の礼を言ったり、月、火、水は何をしてた
かひとつひとつ聞かれる。早く彼らをくつろがせてやりたかったので簡単に説明を
する。
「明日からダイビングツアーに行くから今日は早く帰らなくちゃあ」
「ボートで行くのか?」
「そう、2泊3日だよ」
「船はなんて船だ」
「KARINDAだよ。知ってる?」
「もちろん。楽しんで来るといい」
 ロスもアルコールが入って少し疲れが癒されて来たようだ。ロックンとパットは
日曜からバイク(自転車)ツアーに参加するための準備で連日忙しいようだ。オー
ストラリアはバイク(自転車)好きが多くロックンたちの参加するツアーは8日間
で500キロツーリングするらしい。
「面白そうだね」
「今日はそれに参加する人たちを空港まで何度も迎えに行かなければならなかった」
 ロックンはそのツアーのためにボランティアで英語の話せない人たちの世話もし
ているらしい。
「何人くらい参加するの?」
「500人」
「えっ? 500?」
 僕はどうも聞き間違ったかロックンが何か勘違いしていると思った。
「そう、500人だよ」
「500人! 500人で自転車走らすの?」
「その通り」
 僕らはたまげた。5百人がどうやって走ると言うのだ。どうしても確信が持てな
いので質問の仕方を少し変えて聞くがどうやら間違いないようだ。5百人が自転車
にのり8日間500キロも旅するなんて想像できなかった。
「ビクトリアの方はもっと凄いよ」
「もっと多いってこと?」
「そう、6000人くらい参加する」
「6000・・・。信じられない」
 今回のパンフレットを見せてもらった。
「1993 Great Queensland Bike Ride。参加者は
ビクトリアから215人、クィーンズランドから193人。その他諸々でニュージ
ーランドから2人」
 パットが胸を張って私の事だと言っている。
「おっ、日本人が1人参加している」
「そうだね。ひとりいるらしい」
「それにアメリカ、カナダ、シンガポール・・・」
 国際的なイベントらしい。合計565人参加する予定だ。凄い。
 早く帰ろうとするのだがどうもタイミングが難しい。
「さて、それじゃあ」
 何とかタイミングをみて僕らは立ち上がろうとした。
「さて、それじゃあ。一緒に食事をしよう。NAOKOがケーキ買ってきてくれた
からケーキは食後ね」
 ダイルがテキパキと準備にとりかかる。
「あっ、でも、僕ら・・」
「夕食たべてないでしょ?」
「はい」
 僕らはこれまでも何度か話たことがあった。日本人と外国人とのコミュニケーシ
ョンの難しさについて。「彼らは僕らをどのように感じているのか」「あまり図々
しくしてはいけないのではないか」「本当に歓迎されているのか」等など。
 結局、常識程度でいいのではないかとしか結論は出なかった。悪い方に考えれば
きりががないし、良い悪いは別として恐れていては何もコミュニケーションが出来
なくなるからだ。「悪く思われたくない」という気持ちが時々僕らの行動にブレー
キをかける。
 いつの間にかみんなの顔からも疲れた表情が消えていた。家族でおしゃべりをし
ている内に疲れも癒されるようだ。食事が始まってすぐにロックンがまたひとり空
港に迎えに行かなければならないと申し訳なさそうに席を立った。ブリスベンから
友人が来るらしい。
 しばらくしてロックンがその友人を連れて戻ってきた。その人は50歳前後だろ
うか。ロックンの友人層の厚さを感じる。友人の名はケン。日本人みたいな名前だ。
再び、にぎやかにおしゃべりが始まる。
 英語の洪水にへきえきしたころで、時計に目をやると10時半を過ぎている。
「そろそろ、帰らないと・・」
 睡眠不足は船酔の餌食になりやすい。僕はこれからホテルにかえって荷造りをし
なければならない。妻はきっと手伝って、手伝って・・くれないだろう。妻の頭の
中は「早く寝なくっちゃ」ということでいっぱいだ。
                     「砂の城」(北九州)
#153 ’93夏 In Cairns (11)     砂の城
#6032/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/14  11: 5  ( 60)
’93夏 In Cairns (11) 砂の城
★内容
 6時にPICK UPバスが来たので乗り込んだ。参加人数は約25人くらいだ
ろうか。今回の船には日本人インストラクターが乗船しないので日本人は僕らだけ
だろうと思っていたが、他に2人の日本人男性が混じっていた。
「韓国人かな?」
「違うでしょ」
 スーツケースを持っているのでワーキングホリデーの人ではないだろう。
「スーツケースもって船に乗り込む気だろうか?」
 ひと事ながら気になる。乗船後声をかけてみた。学課は日本人インストラクター
についてもらって、実技はオージーに指導してもらうらしい。すると英語はバッチ
リなのだろうと、聞いてみるとそんなことは無いという。それにしては余裕がある
ように見える。僕らが神経質になりすぎているのだろうか。
 7時にマリーナを離れてから簡単なミーティングがあった。僕らはオープンウォ
ータとは別にされ、アドバンスの受講者だけ集められた。ひとりはレスキューまで
持っている人で、ただのファンダイブをするのが目的だという。バディがいないか
ら僕らアドバンス受講者の方に加わった。
 アドバンス受講者は僕らを入れて6人。アメリカ人夫婦2組と僕ら、そしてレス
キューのカードを持っているカナダ人。インストラクターのグレンから3日間のス
ケジュールが知らされた。4、4、3の計11本潜る予定だ。その内アドバンスを
取得するために必要なダイブは5本。説明の途中から船が大きくゆれ始めた。
「おい、大丈夫か?」
 僕はやけに唇を強く噛みしめている妻の様子を変に思って聞いた。
「・・・・・・」
「もう酔ってるのか?」
 妻は返事も出来ないらしく小さくうなずいている。
「我慢できそうか?」
 小さく首を曲げた。おいおい、こんな所でお祭りはまずいぞ! 幸いグレンの説
明は手短だったので事無きを得た。
 1年ぶりのダイビングは散々な目にあったが、今回は落ち着いている。1本、2
本と潜る内に感覚をつかめるようになった。1DAYトリップの近場と違い透明度
も魚影の濃さも断然いい。
 休憩しているとき日本人2人組がやってきて、いろいろとおしゃべりをした。妻
はもちろんダウンしてベッドの中だ。彼らは初めてのダイビングに感動していた。
それにいろいろと聞きたいことがあるようだ。僕も去年のことを思い出す。
「学生でしょ?」
「そうです」
「何処の」
「トウダイ」
「へっ?」
「東大」
「とうだい、トウダイ、燈台?、東大! あの東大?」
「そうです」
「ひょうえっー! あったまいいんだぁ」
 正直どんなリアクションをしていいのか分からなかった。なんせ東大生に知合い
はいない。卒業生で知ってる奴もいないから。しかたないからプール実習の時、彼
らはじっと浮いているのが難しくて、すぐ沈むんだと言っていたのを思いだしたの
で「だからプールで浮かないんだ。頭が重すぎるんだよ」とからかうしかなかった。
 彼らは既に卒業して今は大学院生だということだ。でも、話してても嫌みな所も
ないしなかなか面白い。それに変に懐いてくるからいろいろとアドバイスなんかも
して楽しく過ごせた。
 本日4本目はナイトダイブだった。思ったより寒い。なにせいくらケアンズが常
夏と言っても季節で言えばオーストラリアは冬だ。思わずウエットの中を暖かいオ
シッコで満たしてしまったのは僕だけではあるまい。
 最後のダイビングを終えてのんびり星空を眺めて・・、といきたいのだが提出レ
ポートが完成していない。正確に言えば僕の分は終わったのだが、妻がそれを写し
ていないのだ。だが、妻は相変わらずのゲロゲロ状態なので、僕は星空を見るかわ
りにレポート用紙とのにらめっこが続いた。
                      「砂の城」(北九州)
#152 ’93夏 In Cairns (12)     砂の城
#6040/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/15  11:38  ( 42)
’93夏 In Cairns (12) 砂の城
★内容
 夜中に大きく船が搖れて、むりやり寝返りをさせられた時、何度か目が覚めた。
バンバンと部屋の扉を叩く音がする。ブルースが窓から「起きろ!潜るぞ!」とジ
ェスチャーをやってる。妻は元気かとのぞき込むと少しは調子もいいようだ。急い
で水着に着替えてデッキに出た。
「寒いなぁ!」
「こんなので潜るの?」
「あったりまえだ!」
 グレンがニコニコしながら言った。(クソッ、こいつら寒さを感じる神経が1本
足りないんだ)
 しかし、早朝のダイビングはロケーションも透明度も抜群だった。寒いのを我慢
して潜ったかいがあるというものだ。
 3本目は水中カメラの実習だ。アドバンスを取得するには、「ナビゲーション」
「ディープダイブ」「ナイトダイブ」が必須であと2本はいくつかの項目から選択
するようになっていた。僕らは「ナチュラリスト」と「アンダーウオーターフォト」
を選んだ。
 水中の美しい様子を写そうとワクワクしてエントリーしたのだが、何処からとも
なく強い視線を感じる。何だろうと思いキョロキョロすると妻がジッと視線を飛ば
している。
「なんだよ」とアイコンタクトすると「私を写してよ!」と目が言っている。どう
してそんなに写真が好きなの! 仕方なく2、3枚写してから本来の被写体を探し
に向かった。2、3枚写すとまた強い視線を感じる。後ろを振り向くと既に「ピー
スサイン」をだしてポーズまでとっている。困った奴だ。結局半分以上が妻の写真
というとんでもない実習となってしまった。
 妻は船上ではあれだけ元気がないのに水中だと船酔を感じないらしくやたらと元
気になるのだ。
 昼食をすませて東大生のシゲキ、ヒデトシとくつろいでいるとカナダ人のショー
ンがやってきておしゃべりに加わる。カナダの話や日本の話で盛り上がる。ショー
ンに今夜のナイトダイブはどうするか聞くと、もちろん潜るという。そりゃそうだ、
ショーンは厚さ8mmのウエットを着てるんだから寒くもなかろう。
 僕はどうしようかと妻の様子を見に行くとあまり元気そうではない。
「どうするナイトダイブは」
「潜りたいでしょ?」
「無理しなくていいよ。僕も寒いのいやだしね」
 結局、本日のナイトダイブはパスすることにした。妻の様子を見ているとどうし
ても潜ろうよとは言えない。アメリカ人夫婦のビルとパティもパスしていた。誰だ
って寒いのはイヤなのだ。
 暖かいコーヒーを入れて2Fのデッキに向かった。夜空を見上げると数え切れな
いほどのちりばめられた星。今晩はゆっくり星の数でも数えよう。
                     「砂の城」(北九州)
#151 ’93夏 In Cairns (13)     砂の城
#6044/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/16  11:56  ( 29)
’93夏 In Cairns (13) 砂の城
★内容
 昨日と同じようにブルースが扉を叩く。妻の顔を見るとちょっと辛そうだった。
僕はブルースに両腕で大きなバツ印をつくって「パス!」と叫んだ。そうそうガッ
ツクように潜っても楽しかないさ! 僕らは冷たい海の代わりに暖かい毛布の中に
身を沈めた。
 空腹で目が覚めたのでキャビンに降りると既に朝食が始まっていた。のんびり食
事をしてから準備に取りかかった。さすがに3日目ともなると気分的にも相当な余
裕がある。妻も今日の夕方には船酔いから解放されると思うとそれだけで気分もよ
くなるような気がするらしい。
 2本のダイビングを終えて、ついにアドバンスドが取得出来た。昼食を済ませる
とすぐにケアンズに向けて出発した。途中、デッキで何か騒いでいるので出て見る
と遠くにクジラが姿を表した。遠目でも潮を吹いているのがはっきりと見える。ス
キッパーも船を止めてクジラの方向を確認している。近付こうかどうしようかと迷
っているようだった。僕は慌ててカメラ持ってきて構えたがシャッターチャンスな
んてことを考えているうちにクジラは姿を消してしまった。
 夕方、打ち上げパーティーがあるが、僕らはそれをパスした。今晩はロックンと
会う約束をしていたからだ。近くで美味しいと有名なステーキを食べてからロック
ンに会いに行くがまだ帰ってきてなかった。明日の準備で忙しいのだろう。パット
に僕らが来た事だけ伝えてもらうようにして、ナイトマーケットに向かった。そこ
でTシャツを何枚か買ってホテルに戻ると伝言が入っていた。
 電話してみると、やはり忙しいらしく、ちょっと時間がとれないらしい、結局ロ
ックンが僕らの部屋にやってくることになった。
 簡単に明日の出発時間と集合場所を紙に書いてもらって15分程、おしゃべりを
すると「まだ、準備があるから」と帰ってしまった。
 いよいよ明日は帰国だ。僕らも荷造りで夜遅くまでゴソゴソやっていた。
                     「砂の城」(北九州)

#150 ’93夏 In Cairns (14)     砂の城
#6055/6068 ワールド「世界の旅」
★タイトル (XEH83411)  93/ 9/17  11:15  ( 69)
’93夏 In Cairns (14) 砂の城
★内容
 いよいよ帰国する日がやってきた。フライトは12時なので時間にはゆとりがあ
る。だが、ロックンとの約束で自転車ツアーの見送りに行かなければならなかった
のでのんびりはしてられない。レセプションでタクシーを呼んでもらい、出発ポイ
ントのキャラバンパークに向かった。公園は数日前からツアー参加者たちに解放さ
れており、彼らが寝泊まりしていたテントやキャンピングカーが所狭しと散乱して
いた。
「この中からロックン見つけるなんて至難の業だな」
「ロックンも私たちを捜すっていってたでしょ。大丈夫よ」
 公園内を一通り捜したがロックンとパットの姿は無かった。入口付近で待ってれ
ば見つけ易いと思い、そちらに向かおうとした。その時、何気なく後ろを振り向く
とケンがニコニコしながらやって来る。
「グッダイ!」
「おはよう! 調子はどうですか?」
 ケンも公園泊まり組だったようだ。ロックンを見なかったか聞いたが、まだ来て
ないのだろうと言った。
「来年はブリスベンに来て参加するといい」
「ありがとう、考えておくよ」
 ケンと話している内にロックンがやって来た。
「おはよう! 調子はどう?」
「バッチリさ!」
 ロックンは、世話役でもあるので忙しそうだった。パットもその内にやって来た。
パットは興奮してあまり眠れなかったそうだ。ロスとダイルもロックンたちの荷物
を車に積んでやってきた。
 出発は号砲1発! と思ったが8時から9時半までの間に出発するようになって
いたのでみんな勝手に公園を後にした。ちょっと拍子抜けする感じだ。
 乗ってきたタクシーに迎えに来るように頼んでいたが、ロスが一緒に帰ろうと言
ってくれたので、車からキャンセルの電話を入れてもらった。だが、僕はちょっと
だけ嫌な予感がしていた。ロスのランドクルーザーは2シーターだ。つまり座席は
2つ。少しつめれば3人は座れる。でも、4人は絶対座れない。後部は荷台でそこ
に愛犬デビィが乗っている。
「NAOKOは前に乗って、HIROは・・・、HIROはデビィと一緒だ」
「オーケー」
 ちょっと間延びのした返事をしながら後ろの荷台に飛び乗った。案の定だ。この
ままホテルに送ってくれるのかと思ったら、バイパスに出るとホテルとは反対方向
に走りだした。ロスは荷台に僕がいること憶えてるんだろうか。車は80キロくら
いのスピードで既にスタートしている自転車をどんどん追い越して行く。僕が荷台
の特等席に座っているものだからデビィが迷惑そうな顔で見ている。
「おいで、デビィ」
「・・?・?・?」
 デビィは犬の本能に逆らうことが出来ずに、僕のそばにやってきた。
「デビィ、僕らは同じ荷台に乗った仲間だ。仲良くしようよ。な!」
「????」
 10分程走ったところで車は路肩に止まった。どうやらここでパットが走って来
るのを待つつもりだ。車の横を次々に参加した人々が通過していく。
「グッダイ」「モーニング」「ハーイ」
 みんなが声をかけて来る。僕らも手を振ってそれに応える。楽しそうだ。出来る
ことなら自転車で参加したいところだ。そのうちパットがシャカシャカとペダルを
蹴りながらやってきた。
「調子はどうだい、パット」
「悪くないわ」
 急ぐ旅ではないのでパットものんびりとダイルと話をしている。
「僕らはここでお別れだから、パット元気でね。今度ニュージーランドへ遊びに行
くからね」
「ぜひ、そうしてね。それじゃあ、元気で」
 僕らはパットを見送ってからホテルに向かった。
「素敵なホリデーをありがとう。ロス、ダイル」
「来年もまた、農場に行こう。今度は天気のいい日にね」
「ありがとう。ありがとう」
 ロスとダイルに送られながら僕らはホテルに向かった。急いでチェックアウトし
てからタクシーで空港に向かった。出発ロビーに入るとそこら中に日本人がいた。
もうここはオーストラリアじゃないな。
「バイ、バイ。夏休み」
                                了。
                     「砂の城」(北九州)